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2021年2月15日

 

「死にゆく人のかたわらで」

 ガンの夫を家で看取った二年二ヶ月

 

大学教授、作家、疫学者の三砂ちづるさんの本は

数冊読んでいるのだが、ようやくこの本を手にして読み終えた。

 

内容は自宅で最低限できる介護保険を利用しながらガンと診断された夫が

死にむかっていく様子を事細かく服用した薬のことも知ることができる。

排泄のこと、傷みのこと、患者側が考えること、お金のこと、

赤ちゃんのお世話と介護の共通点のこと。

そして女性性がになってきたこれまでのこと。といったところか、、

 

 

これを読み終えて、わたしが思い起こすのは

二十歳で初めて自宅で看取った母の最期の二週間、

母方の祖父と祖母の最期

 

そして二年前に実家で介護しながら看取った父、

それぞれの介護のこと。

 

わたしは祖母を除いて、

最期の数ヶ月〜数日間それぞれを家で看取った。
祖父は息をひきとる直前に本人の希望もあって救急搬送された。

 

祖母を除いてというのは、

祖母が母や祖父の介護を担う人だったから。

 

あんなに家族の最期を看取った祖母だったのにも関わらず

彼女はずっと施設と病院を往復して骨壷に入ってから帰宅してきた。

 

 

本の最後に記載されていた

「家で死ぬことができなくて後悔する人の声があがるのだけど、

家で死のうと病院や施設で死のうと、死にゆく人と最後までそのかたわらに

いるであろう人との関係性によってのみ決まっていくことなのだ」

 

「介護される側の人が、どのように生きて

周囲や家族、友人との関わりそして自分を看取ってくれる人とどのように関わってきたか。によって決まっていくのだ。」

 

と、ある。

 

この方の「オニババ化する女たち」という衝撃的な題名の著書は
主に「出産」がテーマの本である。

医療介入によって変わっていった

日本の妊娠・出産状況についてをメインに記載されている。

 

 

わたしは助産院の一枚の布団の上で

一回目は体操座り

二回目は側臥位

三回目は四つん這い

の姿勢でそれぞれ子供を出産した。

 

いわゆる出産中の「痛い」だけではない、なにかに見守られながらも

息を吐いて力を抜くことで胎児が産道を降りる感覚もわかった。

 

「わぁ!赤ちゃんがやってきた」なんて感動したのもつかの間
次の瞬間から赤ちゃんの排泄物を拭いて、

オムツを洗って干して授乳して

出産直後に、二十四時間戦えますか状態に突入し笑

 

今が何時なのか、月日がいつなのか、、

気づいたら一歳に!みたいな

状況になるわけですが。

(これも成長するに従い変容されていきます笑)

 

 

出産も看取りも共通点が多々あるように思うのです。

 

女性性が大いに必要となる関係性の構築で。

実際、ほとんど女性が担っていて。

 

働いて稼ぐことが普通になっているこの社会システムの中で
育児や介護を担っているのは女性がほとんど。

 

このシステムに入ることが億劫になったり入れなかったり、、
声にならない声はたくさんたくさん埋もれているんじゃないかなぁ

とも思うのです。

 

実際、わたし自身の中にもそんな声はあったのは確か、、

(今はすっかり小さくなって好きなことをやってますww)

 

 

 

 

家で産んで、家で死ぬこと。

 

産むこと、看取ること、

想像することができるかどうか、、

 

それくらい相手のことを、子供のことを

時には苦しみながら辛さを伴いながらも

受け入れていきながら築き上げる関係性が

反映されていくように思います。

 

 

 

それでも、

 

それでも、、

 

 

「人は死ぬと、冷たくかたくなる

あたたかくて柔らかいうちに愛し合いたい」

 

 

これに尽きると思うんだよねぇ☺︎

 

パートナーだけでなく

自分自身との関係性、

大切にしたい人との関係性においていえること。ですね。